「怠惰の時は怠惰を知らず」陽明学者・儒学者の春日潜庵の言葉について考えた

どうも、海馬(@Transtier)です。

僕は高校時代、自他共に認めるほど、怠惰な時を過ごしていました。中学までは野球部に所属してクリーンアップを任されていましたし、成績もそれなりに上位に位置していました。ところが、家から近かった進学校へ頑張って入学したところをピークに、その後は燃え尽き症候群のようになってしまったんですね。

高校は野球部からも誘いがありましたが、色々な理由をつけて断り、これまでとは違う部活に入りましたが馴染めず、結局帰宅部となってしまいました。勉強も部活もせず、毎日ゲームをして過ごしていたという、まさに自分にとっての黒歴史ですね。

そんな時、祖父から言われた言葉がありました。それは「怠惰の時は怠惰を知らず」です。当時はそれほど気にしていませんでしたが、今は当時を振り返り、痛いほど心に突き刺さります。

この言葉について改めて調べてみると、幕末の陽明学者・儒学者春日潜庵(かすがせんあん)の言葉だということがわかりました。今回はこの言葉と陽明学について学び、考えていきたいと思います。

 

「怠惰の時は怠惰を知らず」

「怠惰の時は怠惰を知らず」の意味は

読んで字のごとくというか、想像通りですが、この言葉の意味は「怠惰に過ごしている時は、自分が怠惰であるということに気がつかないものだ」ということです。

高校時代、帰宅部として時間がたくさんあったにも関わらず、勉強も部活もせずにゲームをして過ごしていたというのは非常にもったいないと思いますが、当時はそれを当たり前のことだと考えていました。

外資系企業のオペレーション・マネジャーとして働きながら、産業能率大学の通信教育過程の勉強をするなど、自分で言うのもなんですが近年は当時の僕とは別人のように努力できています。

もし仮に、今の努力を高校生の時にできていたらどんな人生になっていたのか。そんなことを後悔しそうになる時もあります。しかし、怠惰に過ごしていた過去があったからこそ、今を必死になって頑張れているのかもしれないとも思います。

今を良くすることができれば、過去の意味づけは変えられるんですよね。

 

過去の意味づけに関しての話は以下の記事に詳しく書いていますのであわせてどうぞ!

関連記事: 過去は変えられる|後悔するんは成長できた証として今をより良く生きよう

 

春日潜庵の言葉

この言葉はずっと祖父の言葉だと思っていたのですが、実は幕末の陽明学者であり、儒学者でもある春日潜庵の言葉だったということを知りました。それほど有名とは思えない人物の言葉を知っていた祖父に対し、素直に尊敬の念を持ちましたね。

春日潜庵ですが、明治初期には第一次奈良県知事にもなった人物であり、さらにあの有名な西郷隆盛が傾倒した人物でもあるそうです。なかなかの豪傑だったそうで、ますます興味が湧きましたね。いずれ、ゆっくりと調べてみたいと思います。

春日潜庵の名言

そんな春日潜庵には他にどんな名言があるのかを調べてみました。すると、他にも学ぶべき言葉がありましたので、1つ紹介したいと思います。

人生劈頭(へきとう)一個のことあり、立志是れなり

人生において、なんらかの節目を迎えてスタートを切る時、大切なことが1つあり、それは、志を立てるということですね。

先日、初志貫徹について書きましたが、貫徹すべきは最初に立てた志です。人は何かを目指す際には、確固とした志を立て、そこに向かって臨機応変に進んでいくことが大切だと思います。

初志貫徹に関しての話は以下の記事に詳しく書いていますのであわせてどうぞ!

関連記事「初志貫徹」と「臨機応変」は表裏一体|間違った理解で思考停止にならないように

 

陽明学について

陽明学とは何を学ぶのか

陽明学について学ぶと、あまりもの情報量にひるんでしまいましたが、なんとか紹介していきますので、どうかお付き合いください。

陽明学は15世紀から16世紀の頃、中国の儒学者である王陽明によって確立されました。つまり、春日潜庵の肩書きが陽明学者・儒学者となっていることが多いのは、陽明学自体が儒学から派生したものだったからなんですね。

陽明学という呼び名は日本で広まったものらしく、発祥の地である中国では「心学」「明学」「陸王学」と呼ばれるのが一般的だそうです。陽明学は心に重きを置いた学問なので、「心学」は納得です。王陽明は明国の時代に活躍をしたので、「明学」も分かります。

しかし、「陸王学」とは、どの辺りから来ているんでしょうか。陸王学者と呼ばれることに少しだけ憧れてしまいました。

陽明学の重要な3つの思想

心即理(しんそくり)

おそらく、僕と同年代の人はまず最初に「るろうに剣心」に登場してくる元新撰組三番隊隊長の斎藤一が思い浮かんだんじゃないでしょうか。「悪・即・斬」を信念とし、牙突が必殺技のキャラクターですね。当時の小学生はきっと誰もが傘を使って牙突の真似をしていたんじゃないでしょうか。

話が逸れましたが、「心即理」とは「心とは即ち理である」という思想を持っているようです。陽明学と異なった立場を取っている流派として朱子学というのがありますが、そちらは心を性と情に分けており、性だけが理であると考えているようです。

正直に白状すると、さっぱり想像がつきません。これについては、さらなる学びが必要ですね。

致良知(ちりょうち)

まず、「良知」というのは学問の有無、あるいは身分に関わらず、すべての人が生まれ持っている道徳的な考え方(道徳知)や生命力のことを指します。この良知に従った行動はすべて良いものであり、その行動を行うことを推奨する思想のようです。おそらく、性善説に近い考え方なのかもしれません。

知行合一(ちぎょうごういつ)

ようやく分かりやすく、僕のテーマにも重なる思想が出てきました。「知」は知ることであり、「行」は実際に行うことです。「知は行の始めにして、行は知の成なり」という言葉からも、知ることと行うことは不可分だということですね。

社会人大学生を経験した者として

陽明学の思想において、最初の2つは言いたいことはなんとなく分かるものの、ピンとは来ませんでした。かつての偉人たちが何年も何十年もかけて学び、考えてきた学問なので、ちょっと調べたくらいでわかろうとするのはおこがましい考えですよね。

しかし、最後の知行合一だけは心の底から納得することができました。なぜなら、産業能率大学で社会人大学生を2年間経験し、学んだことを実際の職場で実践することの大切さを知ったからですね。

本を読むことで新しい考え方を知り、実際に行動することで新たな学びを得る。これこそ社会人大学生の醍醐味なんじゃないかと思いました。今後もたくさんのことを学び、実社会に活かしていけるように頑張ります。

 

まとめ

以上、幕末の陽明学者・儒学者である春日潜庵の「怠惰の時は怠惰を知らず」という言葉と、陽明学について学ぶことができました

陽明学は知行合一という思想が僕のテーマとも一致しており、とても親近感を感じましたね。今後も怠惰な時を過ごさないように、目標をしっかりと見定め、努力していきたいと思います。

それでは、また

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「無知の知」を自覚し、学び続けています。 増やした知識が単なる記憶の蓄積とならないように、ブログ「知識の海から」を立ち上げました。 学んだことや考えたことをアウトプットしていきます。英語が好きで、独学でTOEIC955点。英国と米国に滞在経験あり。2020年秋に産能大学卒業予定。学べる環境に感謝。