教養がある人とは自由な人|知識、知恵、見識との違い

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どうも、海馬(@Transtier)です。

これまではTwitterで学んだことをアウトプットしていましたが、自分が学んだことをログとして残していきたいと考え、ブログを立ち上げました。最終的に目指しているのは教養がある人になることです。

そう考えた時、日本語にはとても似た言葉がありますよね。知識、知恵、見識、そして教養。それらの違いについて、学んでいきたいと思います。

 

知識と知恵と見識の違いとは?

僕は知識というと、学校などで勉強したものであり、知恵は生活の中で得たものであるというように漠然とした考えしかありませんでした。見識というのはさらに曖昧で、物事を客観的に見る力なのかなと。

しかし、その違いについて調べてみると、考えていたよりもハッキリとした違いがありました。

Knowledge:知識

知識というのは学習や実験、調査や観察などを通じて得られた事実やデータ、経験の積み重ねのことを指します。僕たちが学校の教室で学ぶことの総称と言えるかもしれません。

僕が最初に持っていたイメージも、まさにこれです。知っているか知らないか。知識のある人というのは、膨大なデータを持っている人というイメージですね。

Wisdom:知恵

知恵とは適切な場面で適切な知識を活用することができる能力のことを指します。また、知識が事実やデータを”知っている”ことだったのに対し、知恵ではその事実やデータが起きる理由や意味を”理解している”というように、より深いレベルになるようです。

Insight:見識

見識とは最も深いレベルで”知っている”ということになります。人生の中で役に立つ知識は何なのか、そしてそれをどのように活かすべきなのかということを理解しています。データを知っているだけでなく、理解しているだけでもない。そのデータをもとに、どんなことをすればいいのかが分かっているということなんですね。

 

知識、知恵、見識の違いを砂漠で例えると

知識知恵見識は、それぞれ深堀りされたレベルだということがわかりました。3つの違いについて、分かりやすくするこんな例え話がありました。

・知識がある人は砂漠が12.4マイルの長さであることを知っている

・知恵がある人は砂漠を横断するために必要な量の水を準備する

・見識がある人は砂漠の6マイルの地点にレモネードのお店を開く</b >

これはとても分かりやすい例えだと思います。知識があるだけでは砂漠を渡りきることはできませんよね。

砂漠が12.4マイルあるというところから、どれだけの水が必要になるのかを準備出来る人が知恵のある人です。そして見識がある人であれば、砂漠の中間地点でレモネードを販売することにより、砂漠を横断する人が必ず立ち寄るだろうというビジネス的な発想を持つことができるということですね。

知識が多い人のことを頭でっかちな人だということがありますが、知識を増やすことだけではなく、それを人生にどう活かしていくことができるのかを考え、見識ある人になりたいと思いました。

 

おばあちゃんの知恵袋について

ここで少し立ち止まって考えたのですが、日本語でよく使われている表現で「おばあちゃんの知恵袋」があります。最近だと「Yahoo!知恵袋」の方が身近になっているかもしれませんが。

おばあちゃんの知恵袋は、どちらかというと生活の中で活用できるレベルですよね。知識、知恵、見識についてもう一度おさらいしてみましょう。

ここまでを簡単にまとめてみると

知識:事実やデータを知っている
知恵:事実やデータの原因を理解している
見識:事実やデータを活かすことができる

ということで、こちらの概念から考えると、「おばあちゃんの見識袋」という方が正しいんじゃないかなぁ? なんてことを考えていました。ちなみに「おばあちゃんの知恵袋」を英語ではこんな感じになるようです。

Grandmas wisdom

Wisdomを使っているということで、やはり「知恵」が使われているようです。

 

教養=liberal arts(リベラルアーツ)

では、僕が目指している教養がある人とは、具体的にどういう人なんでしょうか。普段はあまり気にせずに「教養がある人になりたい」と口にしていましたが、実際にどういう人になれば「教養がある」と言われるのか、曖昧な状況でした。

色々と調べてみたところ、教養というのは比較的新しい言葉だということが分かりました。もともとは「liberal arts(リベラルアーツ)」から翻訳されたんですね。

リベラルアーツの意味

というわけで、liberal artsの意味を英和辞書で調べてみると、ちゃんと出てきました。

リベラルアーツ、文科、人文科学、文系、学芸、(大学で)一般教養科目 《専門科目に対し、哲学・歴史・文学・自然科学・語学など》

中世時代におけるリベラルアーツの7学科

さらに興味深かったのが、中世時代におけるリベラルアーツにおける7学科というものです。

  1. 文法
  2. 論理
  3. 修辞
  4. 算術
  5. 幾何
  6. 音楽
  7. 天文

これら7つの科目を修めている人が現代にいたら、それだけでめちゃくちゃカッコいいですよね。7学科という響きだけで、なんか冒険が始まりそうな予感がしますが、これらについては、またの機会に調べたいと思います。

 

教養がある人とは自由な人

liberal arts(リベラルアーツ)を直訳すると、「自由になる技術」とも言えるようです。「自由」というのはどういうことなんだろうと考えると、中世時代の状況が挙げられそうです。つまり、「奴隷の状態」に対する「自由な状態」ということですね。

常識や世間体の奴隷になっていないか?

現代では誰かの奴隷になるというようなことはないですよね。ですが、少しだけ見方を変えてみると、現代は常識や世間体という支配者がいて、僕たちはその奴隷になっていると言い換えられるのかもしれないと思いました。

情報に溢れている現代では、特に自分の頭で考えなくても済んでしまう状況が多くなりました。周りの意見に従っていれば間違いないと考えているとしたら、それは現代における「奴隷の状態」だと言えるのかもしれないですよね。

教養がある人とは、自分の頭で考え、自分の言葉でものを言えなくなってしまう「不自由」な状態から解放されている人だと定義してもいいかもしれません。

 

まとめ

知識・知恵・見識。この3つの違いは事実やデータを蓄積し、理解し、活かすというようにまとめられました。

そして、その先にある教養がある人というのは、さらに上であり、自分の頭で考え、自分の言葉でものを言える自由な人であるということです。

僕もまずは知識を学び、アウトプットしていくことで知恵や見識に昇華させ、そして最終的に目指している教養がある人になりたいと思います。

このブログをアウトプットの場として、学んだことや考えたことをしっかりと発信していきたいですね。

それでは、また。

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ABOUTこの記事をかいた人

「無知の知」を自覚し、学び続けています。 増やした知識が単なる記憶の蓄積とならないように、ブログ「知識の海から」を立ち上げました。 学んだことや考えたことをアウトプットしていきます。英語が好きで、独学でTOEIC925点。英国と米国に滞在経験あり。産能大学通信課程3年生在学中。学べる環境に感謝し、#ありがとう100万回チャレンジ 挑戦中。